海外の動き
米国では1960年代からBMET (Bio-Medical Equipment Technician)の必要性が指摘され、1970年代には非営利団体によるBMETおよびその上級職種クリニカルエンジニアCE (Clinical Engineer)の資格認定制度が発足した。
日本では
米国で技術者が制度化される中、わが国では多数の工学技士が人工透析や体外循環など臨床の場で資格なしに働き始めていた。高度な工学技術の臨床への導入に伴って医療行為ができる工学技術者が必要になったため、日本エム・イー学会、日本医科器械学会、透析療法合同委員会などが合同委員会を作って資格の制度化を進めてきた。その頃スェーデンで患者3名が亡くなるという透析事故が発生したことなどもあり、1987年(昭和62年)に「新たな医療職種の資格制度のあり方に関する検討会」が厚生省(当時)により開催され、同年、臨床工学技士法が成立した。
わが国と米国の制度との違い
米国では医療機器の保守、管理、修理を業務とし、機器の操作は別の資格が行っているが、わが国では医療機器の保守、管理、修理の他に医療機器の操作も行うことができる。 臨床工学技士は国家資格であり医療行為ができるため、欧米に遅れて発足した資格であるが制度の成果がIFMBE(国際医用生体工学連合)内でも注目されている。